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「おおきな木」本田錦一郎訳と村上春樹訳を読み比べてみた

ミミです

訳者さんによって印象が変わる「おおきな木」。いろいろな感じ方のできるこの不思議な絵本、読み比べてみることをおすすめします。読める方はもちろん原文も!


出典:おおきな木/シェル・シルヴァスタイン作、ほんだ きんいちろう (翻訳)/篠崎書林

はじめて本田錦一郎さん訳の「おおきな木」を読んだとき、なんとも言えないもやもやとした後味の悪さを感じたのですが、大人になってからとても好きになった絵本です。

残念ながら本田錦一郎さん訳は絶版となってしまいましたが、2010年に村上春樹さん訳が出版されました。

お二人の訳者さんの「おおきな木」を読み比べてみると、相違点などなかなかおもしろく、本田さん、村上さん、また作者のシェル・シルヴァスタインさんへの興味が深まりました。

一癖も二癖もある「おおきな木」を読んでみてはいかがでしょう?




『おおきな木』あらすじ

ずっと仲良しだったりんごの木と少年。ですが、少年が成長していくにつれてりんごの木には会いに来なくなりました。大きくなった少年がりんごの木に会いに来ましたが「おかねがほしい」と言います。りんごの木はお金の代わりにりんごを全てあげました。月日が流れ、少年は大人になりました。りんごの木に「家がほしい」「船がほしい」と言い、少年が大好きだったりんごの木はよろこんで枝や幹を差し出し、ついには切り株だけになってしまいます。さらに年月が過ぎたある日、年老いた少年がやってきました…

『おおきな木』作者と訳者のご紹介

シェル・シルヴァスタイン

(1932.9.25〜1999.5.10)シカゴ生まれ。詩人、音楽家、漫画家、児童文学作家。ひげ面、肉付きのよい身体に、ブルージンズをはき、大きなカウボーイハットをかぶり、一箇所にとどまる生活を好まず放浪生活をする。「自分自身のやり方で」がモットー。女の子にもてはやされたいと願ったが、野球もダンスもダメでもてずじまい。それで絵を描き、音楽をつくり、本を書くようになったと本人は語っている。1984年にはシンガーソングライターとしてグラミー賞を受賞する。(出典: 『おおきな木』篠崎書林/本田錦一郎あとがきより抜粋)

その他作品

「ぼくを探しに」/倉橋由美子 訳/講談社

「ぼくを探しに ビッグ・オーとの出会い」/倉橋由美子 訳/講談社

「人間になりかけたライオン」/倉橋由美子 訳/講談社

「めっけもののサイ」/長田 弘 訳/BL出版 等

なかなか、、個性的な人物だったようですね。なんというか、とても人間味を感じます。

プロフィールを読まなくても、絵本の裏表紙にでかでかと載っているご本人写真を見て、なんとなく曲者感はありましたが。

出典:おおきな木/シェル・シルヴァスタイン作、ほんだ きんいちろう (翻訳)/篠崎書林

正直、このインパクトある写真に惹かれて絵本を手に取りました…村上氏訳のあすなろ書房版にこの写真がなくなっていたのが、私の中で最大の落胆点です。。

本田錦一郎

(1926〜2007.12)東京生まれ。英文学者。1954年北大大学院英文学特別研究生(修士課程)修了。北大教養部助教授、74年教授、81年同言語文化部教授、90年定年退官、名誉教授、北星学園大学教授。没後従四位瑞宝中綬章受勲(出典: Hatena keywordより抜粋)

本田さんは大学で教授をしながら、書籍の編集や翻訳本やご自身の本をいくつかの出版社から出されていました。そんな中、他社に先がけ翻訳権を得た篠崎書林から「おおきな木」を出版され、多くの方に読まれるようになりました。

あるコミュニティサイトに教え子さんたちが立ち上げた本田錦一郎さんのコミュニティや、本田さんの教え子さんのブログを読ませていただきましたが、とても生徒から慕われていた方だったんだなと感じます。

村上春樹

(1949.1.12〜)京都生まれ。日本の小説家、翻訳家、エッセイスト。国際的なベストセラー作家。代表作に『羊をめぐる冒険』『ノルウェイの森』『ねじまき鳥クロニクル』など多数。レイモンド・カーヴァーの全訳など翻訳活動でも著名。(出典: Hatena keywordより抜粋)

あえてご紹介するのは必要のないくらい有名な作家さんですね。私は『風の歌を聴け』『羊をめぐる冒険』、『ねじまき鳥クロニクル』、短編集『カンガルー日和』『中国行きのスロウ・ボート』などが好きです。(初期の頃の作品に思い入れ有り)村上ワールドの独特の空気感に浸りたくなって、たまに読み返しています。

今年11月、村上氏が母校の早稲田大に寄贈する資料について、37年ぶりに記者会見したことが話題になっていましたね。




『おおきな木』くらべてみる

本田氏訳と村上氏訳の「おおきな木」を読み比べると、ところどころに訳の違いがあったのでまとめてみました。

ひらがなと漢字

本田氏は全文ひらがなです。文字と文字のスペースを大きくとっていて、小さい子供が一人でも読めるように配慮しているのかなと。

村上氏は漢字にふりがなが付いています。以前は「対象年齢3歳〜老人まで」とありましたが、今は(あすなろ書房版)特に指定がなく、「3歳〜」よりは少し大人向けになった印象です。

文体の違い

「けれども ときは ながれてゆく」本田錦一郎さん訳(以下本田氏訳)

でも じかんがながれます」村上春樹さん訳(以下村上氏訳)

上記は比較しやすい部分を抜粋しました。文体が常体(だ・である調)の本田氏に比べ、村上氏は敬体(です・ます調)で全体的にやわらかい雰囲気です。

さらに、村上氏の木は女性の語り口調で木を見守る母親の印象、本田氏の木は男性の語り口調で、強い父親というより孫を見守る祖父のような印象です。ちなみに原書では木を「she」と表現しています。

木のらくがきが違う

ぼうやが木の幹にらくがきした文字が変わっていました。

本田氏の「たろうとき」「たろうとはなこ」から村上氏「ぼくと木」「ぼくとあのこ」に!…た、たしかに「たろう」と「はなこ」は少々時代を感じさせてしまうネーミングですね。。

ぼうや(少年)の呼び名

本田氏は「ぼうや」→「そのこ」→「おとこ」と呼び名が変わっていますが、村上氏は最初から最後まで「少年」となっています。

お二方の共通しているのは、木は最後まで「ぼうや」と呼んでいます。木にとってはいつまでもかわいいぼうやのまま、なのでしょう。

「うれしかった」「しあわせでした」

「きは それで うれしかった」(本田氏訳)

木はしあわせでした」(村上氏訳)

「うれしい」と「しあわせ」。似ているようで少し違うこの言葉。

本田氏は「うれしい」というわかりやすい表現で、村上氏は「しあわせ」という少し奥深さを感じさせる表現。この違いはふたつの物語全体の雰囲気を表しているように感じます。

問いかけと断定

「きは それで うれしかった・・・ だけど それは ほんとかな」(本田氏訳)

それで木はしあわせに・・・なんてなれませんよね」(村上氏訳)

ここが一番大きな違いですね。木の幹を切り倒して行ってしまった少年に対して、木はどんな気持ちだったのか。

本田氏の「ほんとかな」という問いかけ、村上氏の「なれませんよね」という断定的な表現。

表現は違いますが、この一文ではっとさせられる、読み手を少し立ち止まらせる、という点は共通しているのかなと思います。

なぜなくなった

あすなろ書房版の裏表紙に作者の写真がない…しつこいようですが。。いや、本当残念です。。



『おおきな木』おすすめるなら

子供には本田錦一郎さん訳

「ちびっこは きが だいすき…」「そう とても だいすき。」「だから きも うれしかった。」

気持ちがダイレクトに飛び込んでくるような飾り気のない文章が、物語とモノクロの線画で描かれた挿絵にしっくりなじんでいます。

また、この文章のリズムが心地良いです。小さい子供が読む絵本というのは、文章のリズムって大事だと思います。

そのようなことから、子供には本田氏訳の「おおきな木」が向いているように感じました。

「おおきな木」見開き

大人には村上春樹さん訳

本田氏より村上氏の「おおきな木」は原文に近いと言われています。

読みやすくてきれいにまとまっているのですが、短い文章だけでも情景が浮かんでくるのはさすがです。短編小説を読んでいる感覚に近かったりします。

ただ気になったのは、小さな子供が理解するのにはまだ少し難しい表現かな、という部分。

「しあわせにおなりなさい」「こころがかなしすぎる」「とくに何も必要とはしない」

この辺りは少し大人の表現かなと。

このことから、村上氏の「おおきな木」は大人が読む絵本に近いという印象を受けました。

読み比べをおすすめします

一番は2冊を読み比べてみることをおすすめします。

本田氏訳は絶版になってしまったので、図書館か中古本でしか手に入りませんが、ぜひ村上氏訳と読み比べてみて、ご自身で2冊の違いを考察してみてはいかがでしょうか。

原書が読める方は(羨ましい)、まず原書から読むのが一番!




『おおきな木』は不思議な絵本

この絵本は、子供から大人にかけて読むと本当に印象が変わります。

初めて読んだときは、少年の自分勝手な生き様(言い過ぎ?)にイラっとしましたが、自分が母親になってから読むと、すっかり母親目線。そうそう、ダメな子ほどかわいいんだよね〜と木の少年への溺愛っぷりに共感。

でも改めて読み返してみると、頼ってばかりで成長(成功)できなかった少年と、少年をいつまでも小さい子供のように思っている木に、なんとも人間臭さを感じたり。

村上氏のあとがきに「物語は人の心を映す自然鏡のようなものなのです」とありましたが、まさにその通りで、その時々によってこんなにも感じ方が違うんだなと驚きました。

また、この絵本の一番の魅力を挙げるとするなら、シンプルな線画のイラストではないでしょうか。

木のよろこびやかなしみが、シンプルなイラストから伝わってくる。これは年齢関係なく感じられることだと思います。

「おおきな木」は読めば読むほど不思議な絵本、そして愛すべき絵本です。

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追伸

出典:おおきな木/シェル・シルヴァスタイン作、ほんだ きんいちろう (翻訳)/篠崎書林

あすなろ書房さん、作者さんの写真…また使いませんか??




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